6来世ヘの決定
そこで、人間とは心身を有するわけであるが、これらはまず母胎に宿り、さらに十か月すると出生し、そしてこの世において様々な行ないを為し、次に死を迎え、さらにその人間の業によっていろいろな所ヘ再び生まれ変わる、と考えるのである。
これらのことを仏教では、生有、本有、死有、中有の四有という。
いってみれば、生有とは母の母胎に宿らんとする瞬間のことである。
本有とは母の体内に宿り、さらに生まれてから死ぬまでのことをいう。
死有とは、人間が死んで次の中有に移らんとする一刹那のことをいう。
中有とは、人間が死んで次の生有に移らんとする間のことをいう。
このように、人間はこの四有を永遠に繰り返しているのである。
生と死は、果物の種と果実の如く、永久に繰り返すことである。
そこで死有と生有と、この二つの間に中有があるのである。
中有にある間は何を食するかといえぱ、香りを食とすると書かれている。即ち香である。
そして、この中有の期聞は、七日を一期とし、生前の業の強弱と追善供養の功徳の大小が関係して決定されるといわれる。
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